項目一覧

ペースメーカー植込み時期の過失

ペースメーカー植込み時期の過失

東京地裁平成16年2月2日判決の事例を参考

3911万円の支払いを命じた事例

【ケース】

国立病院での検査

母は、5月20日、国立病院の電図検査で、完全右脚ブロック及び左脚後枝ブロック(心室内刺激伝導路のうち右脚及び左脚後枝の伝導が障害されている状態)が認められました。

10月16日の心電図検査では、完全房室ブロックと診断されました。
そして、医師からは、母に対して、恒久的ペースメーカーの植込み手術をすることになる旨を告げられました。

知人医師への相談

私は、10月16日、高校の先輩にあたる医師に母の症状を説明し、母の診断をお願いしました。

母は、10月17日、私の知人の病院に行き検査を受けたところ、国立病院と同様の診断をされ、恒久的ペースメーカーの植込みが必要であると告げられました。そして、医師と相談の上、10月31日に入院し、11月4日に手術を行うことになりました。

後ほど明らかになったのですが、知人の病院では、毎週火曜日に手術が行われることになっており、10月21日は既に予約が一杯であり、28日には空きがあったものの、知人の医師がインドで開かれる学会に出席するために、11月4日になったそうです。

致死的不整脈の発症

母は、10月31日、知人の病院に入院しました。

11月3日午前6時40分ころ、女子トイレから大きな声が聞こえたため、看護師がトイレを見に行ったところ、母がトイレ内の壁にもたれかかっていたそうです。
このとき、母は、看護師の声掛けにも反応せず、呻き声を出し、顔を上向きにして開眼したままの状態で、上肢をピクピクさせ、舌根沈下があり、徐々に顔面が蒼白になっていったそうです。

母への治療

母を発見した看護師は、アンビューバッグによる人工呼吸と心臓マッサージを行うとともに、医師に連絡をしたそうです。
そして、駆けつけた医師が気管挿管を試みましたが、成功しなかったそうです。

午前6時50分ころ、母をナースステーションヘ搬送して、アンビューバッグによる人工呼吸を続け、気管挿管をしたそうです。
そして、心電図により心室細動が確認されたため、心臓マッサージ等の心肺蘇生を行い、カウンターショック(電気ショック)をここみましたが、自脈は現れなかったそうです。

その後、何度かカウンターシヨックを試みたところ、午前8時10分ころに自脈が出現したそうです。そして、午前9時ころ、カテーテル室に搬送し、一時的ペースメーカーの電極を挿入してペーシング(心臓の拍動をコントロールすること)を行ったそうです。

母の死亡

母は、11月3日、心停止により脳幹部に障害がでた可能性があると診断されました。そして、翌日の検査で、脳浮腫高度であり、脳梗塞もあって、ほとんど脳死状態であると診断されました。

その後、母の治療は続けられましたが11月8日には脳死状態と判定され、11日に肺炎により死亡しました。

質問

母は、11月4日に恒常的ペースメーカー植込み手術を予定されていたのですが、もう少し早く手術を行ってくれておれば、少なくとも恒久的ペースメーカーの植込み手術を行うまでの間、一時的ペースメーカーを取り付けてくれていれば、不整脈で倒れることもなく死なずに済んだと思うのです。

母が倒れるまで放置した医師や病院に責任はないのでしょうか。

【説明】

除脈性不整脈、完全房室ブロック

徐脈性不整脈とは、心拍数が毎分60回未満の場合を指します。
完全房室ブロックとは、心房から心室への刺激が伝導する際、正常以上に伝導時間を要したり、伝導の途絶を来した場合(房室ブロック)のうち、心房から心室への興奮伝導が全くない状態で、下位中枢によって心室収縮が行われているものをいいます。これは、徐脈性不整脈の一種です。

除脈性不整脈(完全房室ブロック)に対する治療方法

除脈性不整脈には、恒久的ぺースメーカーの植込み、一時的ペースメーカーによるペーシング及び薬剤投与といった治療が行われます。
一般に、徐脈性不整脈に対する治療が緊急に必要とされる場合には、恒久的ペースメーカーの植込みがなされるまでの間、暫定的に一時的ペースメーカーが用いられ、また、緊急性が高く一時的ペースメーカーの挿入前に処置を行う必要性が認められる場合等には、抗不整脈剤の投与が行われます。

東京地裁の判断

 まず、お母さんに緊急的な治療が必要であったか否かについて、次のように判断しました。

除脈性不整脈の治療の緊急性は、アダムス・ストークス症候群に代表される徐脈に基づく症状を重視して、当該症状の示す重篤さの程度や頻度、その後の経過を考慮した上、その他の臨床上、検査上の所見を勘案して判断がされており、徐脈による症状が最近又は現在の失神発作として現れた場合はもとより、強いめまいが生じた場合など、これに準じる程度の症状であっても、速やかに治療を開始すべき緊急性が認められると解されている。

そして、お母さんには、めまい等の症状が現れており、完全房室ブロックから心室細動等の致死的な不整脈への移行を容易にする複数の要因が併存していたことから、このような症状を解除するとともに、致死的な不整脈に移行しやすい状態を改善する治療が早急に必要とされていたといえます。

したがって、医師には、初診後、ペースメーカーの植込みを速やかに行うべきであり、仮にペースメーカー植込み手術を速やかに行うことができない事情がある場合には、これを行うまでの間の暫定的措置として一時的ペースメーカーの使用又は薬剤投与による治療を開始すべきであったといえます。

そして、医師の治療不実施とお母さんの死亡との間には因果関係も認められ、病院に対し約3911万円の損害賠償を認めました。

スター綜合法律事務所

ページの先頭へ戻る