問診義務違反
妊娠の有無に関する問診義務違反
大阪地裁平成14年9月25日判決の事例参照
80万円の支払いを命じた事例
【ケース】
初診時の診療経過
私は,6月24日ころからの吐き気があり,28日に産婦人科で受診しました。
医師からの妊娠についての質問に対し,6月17日から生理があったが,不順であったと答え,「妊娠は大丈夫ですね。」という質問に対しては,これを否定しませんでした。
医師は,問診の結果,不順ではあったものの月経があったと判断し,さらに妊娠の可能性についての原告の上記回答等も考慮して妊娠の可能性はないと判断しました。
そして,医師は,吐き気が続いていることから,胃腸の病気を疑い,吐き気等に対する処置としてナウゼリン等を処方するとともに,鑑別診断をするために採血と腹部レントゲン撮影を指示しました。
再診時の診療経過
私は,7月4日,初診時と異なる医師による視鏡検査を受けた後,再診の問診に対して,薬を服用しないと吐き気がおこると訴えたほか,医師からの妊娠についての質問に対し,6月17日と18日の2日間に生理があったと答えました。
その医師は,問診の結果,生理が2日間という答えであり,また,吐き気が続いていたことから,妊娠初期の月経様出血の可能性もあると考え,妊娠反応検査を指示し,妊娠反応検査を受けたところ陽性反応がでました。
そして,私は,7月10日,ナウゼリン等を服用していたこと,放射線を浴びたことから,人工妊娠中絶を受けました。
【質問】
私は,初診時に妊娠の可能性を考え,適切な問診を行ったり検査を行うべきであったと思います。
このような検査等を行わなかった医師に責任はないのですか?
【説明】
妊娠反応について
妊娠初期においては,妊婦が確定的に自己の妊娠の有無を判断することは容易ではなく,医師による診断が不可欠です。
妊娠の有無の判断方法については様々なものがありますが,妊娠によって胎盤から尿中,血中に排出される絨毛性性腺刺激ホルモン(HCG)の有無を検査する方法によれば,妊娠の有無の判断は,受精後4週間,すなわち最終月経開始後6週間で90%が陽性,8週間で100%が陽性となります。
妊娠初期月経様出血
正常妊娠であっても,予定月経のころ又はその前後に,正常の月-経より量の少ない子宮出血(胎盤徴候による月経様出血)をみることがあります。
また,この子宮出血は,まれに妊娠経過中に反復することもあります。
ナウゼリンやレントゲンの胎児に対する影響
ナウゼリンは,催奇形性があるため,妊婦又は妊娠の可能性がある場合には禁忌とされています。
胎児は放射線感受性が極めて高く,少量の放射線量でも種々の重大な損傷(奇形や精神発達遅滞)を胎児に与える可能性があるとされており,妊娠可能年齢の女性に対する下腹部や骨盤部のレントゲン検査は,月経開始後10日以内に行われるべきであるとされています。
裁判所の判断
月経(生理)不順には,月経周期の不順,出血期間の不順があり,特に出血期間の不順の場合,妊娠初期の月経様出血と区別がつきにくい場合があり,患者が素人判断で月経(生理)不順と思い込むことも容易に想定できることであり,吐き気が継続していることをも考え合わせれば,医師としては,妊娠の可能性も否定できないとして,原告のいう生理不順の内容,特に,その持続期間や量,それ以前の月経との間隔や異同等についてより詳細に質問すべきであったというべきであると判断しました。
そして,ナウゼリン投与やレントゲン撮影のように,胎児に対する悪影響が出現する可能性が高いとされている処置を行うことを考えていたのであるから,胎児に対する悪影響が奇形や精神発達遅滞という重大で深刻なものであることを考慮すると,妊娠の有無の鑑別について,より一層の慎重さが要求されるというべきであると判断しました。
また,H医師が,生理不順の内容についてもう少し詳細に質問していれば,出血持続期間が6月17日と18日の2日間で,通常より少ない量であった旨の回答があったはずであり,そうすれば,通常の月経ではなく,妊娠初期の月経様出血の可能性を疑うことができたというべきであると判断しました。
医師が妊娠の可能性を疑えばナウゼリン投与やレントゲン撮影の指示をしなかったはずであり,患者が,これらによる胎児への悪影響を考慮して人工妊娠中絶手術を受けることもなかったといえるとし,医師の過失と本件人工妊娠中絶手術との相当因果関係も認められると判断されました。
そして,裁判所は,人工妊娠中絶手術を受け,2回の通院を余儀なくされた慰謝料等として80万円の支払いを命じました。
スター綜合法律事務所